【雑感】 自然科学と社会科学との類似性 [つぶやき]
一般的なお話として書いてみたいと思います。
昨日会社での議論(意見交換)の中で生まれたイメージです。
自然科学分野での研究の方向性としては、特別解から一般解への流れがある。
一方、社会科学分野での応用は、一般解から特別解への流れがある(この分野
では、一般解と特別解の相関がほとんどないことが多い)。
何を言っているのだろうという文章になってしまいました。
言いたいことは、例えば、社会科学分野での一般解というのは、経済学の分野での
理論です。統計手法に基づくマクロ指標により作り出される理論です。一方、実際の
市場開発活動(マーケティング)は、ミクロな領域で起こっています。このようなミクロ
な領域で起こる現象には、マクロ的な考え方(理論)が適用できないことが多いという
状況です。さらに、ミクロで起こる現象は、一般的な現象(共通項がほとんどないという
現象)であり、局所的な境界条件により解かれる特別な解として存在します。また、
この局所的な境界条件が、時間の経緯とともに刻々と変化し、かつ二度と同じ境界
条件が生まれないという現象のもと、再現性がない(トレーサビリティがない)という
致命的な特徴を持っています。
これらの流れから考えると、社会科学分野という我々が事業活動を行っている領域では
一般的な解が存在せず、いつも、その瞬間に存在する特別解を求めて活動を進めている
ということになります。もしも、このような考えのもとで、活動を行うには、指針さえも持つ
ことができません。
そこで、自然科学の手法、それも自然科学の世界での特別解を求めている手法が
参考になると思います。
この手法は、すでにP.F.ドラッカー教授により指摘されており、「ポストモダン手法」として
紹介されています。ドラッカーによれば(あえて教授を省いています)、誰にでも身につける
ことができると言っています。
大変興味深い考え方であり、手法です。
この混沌とした時代、未来を見つめるために用いることができる手法として、ドラッカーが
示している手法があると確信しています。
Kei
昨日会社での議論(意見交換)の中で生まれたイメージです。
自然科学分野での研究の方向性としては、特別解から一般解への流れがある。
一方、社会科学分野での応用は、一般解から特別解への流れがある(この分野
では、一般解と特別解の相関がほとんどないことが多い)。
何を言っているのだろうという文章になってしまいました。
言いたいことは、例えば、社会科学分野での一般解というのは、経済学の分野での
理論です。統計手法に基づくマクロ指標により作り出される理論です。一方、実際の
市場開発活動(マーケティング)は、ミクロな領域で起こっています。このようなミクロ
な領域で起こる現象には、マクロ的な考え方(理論)が適用できないことが多いという
状況です。さらに、ミクロで起こる現象は、一般的な現象(共通項がほとんどないという
現象)であり、局所的な境界条件により解かれる特別な解として存在します。また、
この局所的な境界条件が、時間の経緯とともに刻々と変化し、かつ二度と同じ境界
条件が生まれないという現象のもと、再現性がない(トレーサビリティがない)という
致命的な特徴を持っています。
これらの流れから考えると、社会科学分野という我々が事業活動を行っている領域では
一般的な解が存在せず、いつも、その瞬間に存在する特別解を求めて活動を進めている
ということになります。もしも、このような考えのもとで、活動を行うには、指針さえも持つ
ことができません。
そこで、自然科学の手法、それも自然科学の世界での特別解を求めている手法が
参考になると思います。
この手法は、すでにP.F.ドラッカー教授により指摘されており、「ポストモダン手法」として
紹介されています。ドラッカーによれば(あえて教授を省いています)、誰にでも身につける
ことができると言っています。
大変興味深い考え方であり、手法です。
この混沌とした時代、未来を見つめるために用いることができる手法として、ドラッカーが
示している手法があると確信しています。
Kei
2009-11-21 09:14
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